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インド舞踊の美を象徴する手のかたち
カタカムカ(कटकामुख / Kaṭakāmukha)について

インド舞踊は手のかたち(ハスタ)でさまざまなものやことを表現します。

舞踊理論はよく使うハスタとそれが象徴する意味の組み合わせを列挙し、舞踊家と鑑賞者のためのコードとして定めています。

​下掲の動画では、冒頭に中世の舞踊理論書である『アビナヤ・ダルパナ』に示された28種のハスタをおこない、次いでそのうちカタックにおいて最も使用頻度が高く、またさまざまな銅像のモチーフともなっているカタカムカ(कटकामुख / Kaṭakāmukha)というハスタについて語っています。

​以下、動画のための用意したノートです。補助資料としてお使いください。

28種の片手のハスタ(手のかたち)

インド舞踊の理論体系は紀元前後に大枠が成立したと考えられている『ナーティヤ・シャーストラ (Natya Shastra)』、そして10世紀から12世紀、諸説あり定まらないが、中世のどこかで成立したとされる『アビナヤ・ダルパナ (Abhinaya Darpana)』というふたつの理論書が土台となっている。

舞踊の種類また地域によって個別に別のテクストが参照されることもあるようだが、大きなお話としては、インドの古典舞踊はどれもこれらからなる理論体系に準ずるという建付けだ。

『ナーティヤ・シャーストラ』は「ナーティヤ」と呼ばれる総合芸術のための包括的理論書である。人類の魂を救済するために最高神・ブラフマーがバラタという男に授けたという設定で、この「ナーティヤ」には舞踊はもとより演劇、詩、歌などすべてが包摂される。パフォーミング・アーツという英訳がニュアンスとしては近い気がする。日本では「演劇理論書」と言われることが多い。

『アビナヤ・ダルパナ』はパフォーミング・アーツ全部ではなくダンス、舞踊表現だけのためにつくられた理論書である。性格としては「練習帳」という言葉のほうがふさわしいかもしれない。書物としては薄っぺらいもので、からだの動かしかたやかたちのつくりかた、その用途と意味を列挙してある。目、首、足など。

手については、ハスタ・ベーダ(Hasta bheda)という名で項が立てられている。bheda は区分、分類、バリエーションという意味で、バラモン教の聖典のヴェーダとは音が似ている気がするが関係ない別の語である。片手のハスタはアサムユタ・ハスタ(Asamyuta Hasta)という。『ナーティヤ・シャーストラ』では24種、『アビナヤ・ダルパナ』では28種を数える。

前記性質により、ダンスの練習帳としてはアビナヤ・ダルパナが参照されることが多い。だからインドの舞踊教室や学校ではこの28種を節つきで朗誦し、かたちを覚える。​​

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様々なカタカムカ

ハスタの美しさと魅力をもっともよく示すのが カタカムカ(कटकामुख / Kaṭakāmukha)だ

カタカムカは『ナーティヤ・シャーストラ』では10番目に、アビナヤ・ダルパナでは12番目に登場する。カタックの「カタ」とは関係がない。カタカナで書くと同じ発音に見えるが、インドでは別の音。

使用頻度だけをいえば第一のパタカ(Pataka)のほうが多いかもしれない。しかしパタカはただ手のひらを広げただけのかたちで、これぞハスタだという感じがしない。ふつうのひとが見て「これがインド舞踊の手のかたちか~」とはならない。

 

頻度に加えて、繊細さ優美さを加味したとき、カタカムカをハスタの代表としてよい。

上掲ふたつの画像は筆者がデリーのインド国立博物館で撮ったものだ。左はパールヴァティーで、右はクリシュナという神様の銅像。ともに右手がカタカムカをつくっている。画像には映っていないが、説明書きにもそう記載があった。

 

こうした彫像にも頻出することから、カタカムカは舞踊のみならずインドのシンボル体系において重要な位置を占めるものと想像される。

手が自由になった、人間

『ナーティヤ・シャーストラ』アビナヤ・ダルパナもいくつかの英語訳が流通している。しかし記述は一定しない。それは元来これら理論書が口承され、さまざまな地域でさまざまなグルが継承を担い、固定した底本が存在しないためだ。

ハスタについては「この指を曲げて、この指は伸ばす」といった記述がされており、実際のやり方はグルが手本を見せることで伝承されてきた。現在流布しているアビナヤ・ダルパナには絵や写真がついているが、書籍化に際して舞踊家に依頼して描いた/撮ったのである。

口承においては決定版の「原典」なるものが存在しない。それゆえ舞踊の種類やグルによって、複数のカタカムカが存在することになる。もし複数のカタカムカの共通項を抽出するとすれば、親指と人差し指と中指が近いということ、そしてなにかをつかんでいるということだ。もっとも特徴的には、花や装飾品を。

上掲三つの画像は異なるアビナヤ・ダルパナ』の英訳本に付された写真である。前記理由により、このうちどれが「正しい」かを問うことは意味がない。

筆者のグルによればカタカムカは3種ある。それが下掲の三つである。これはおよそ上掲の三つに相当する。どれも常用される。三つとも正解なのである。筆者が習った片手のハスタで、複数のかたちをもつのはカタカムカだけである。だから朗誦の際には「カタカムカ」と声に出しながら三つのかたちを連続でつくる。

カタカムカはこのように数あるハスタの中で特別の地位を占めている。いささか奔放な思考を許していただくなら、筆者は次のように考える。

カタカムカは、端的に言えば「手でなにかをもつ」ことを示している。ほかのハスタは雲や森、果物、王冠、動物など、事物を示すものが多い。もちろんそれぞれのハスタがさまざまな含意をもつので一概には言えない。しかし、カタカムカほど頻度が高く、優美で多用途、そして「持つ行為性」を象徴的に凝縮したハスタは他にない。

人間とはなにか。それは手で道具を使い、世界に働きかける存在だ。その人間を人間たらしめている特徴を美しく、象徴的にかたちづくる。それがカタカムカなのだ。カタカムカは具体的なかたちとして美しく、且つ象徴としての凝縮性、強度が高い。だから特別なのだ。

特に第3のカタカムカは非常に繊細で柔和な美しさをもつ。はじめに掲げたふたつの銅像がつくるカタカムカもこれに近い。下掲の三つは左が筆者のグル、右上がコーマル・クシュワニさん、右下が若きビルジュ・マハラジのカタカムカである。

いづれも第3のカタカムカで、蝋燭を回したり、ヴェールを​​支えたりしている。人間が生活する姿はこのように美しい。カタカムカというシンボルが中心にあること、明らかと思います。

参考文献

 

書籍

  • The Mirror Of Gesture   Ananda K.Coomaraswamy; Gopalakrishnayya Duggirala 1917

  • Dance Gestures: Mirror of Expressions: Sanskrit Text with English Translation of Nandikesvara’s Abhinayadarpanam; P. Ramachandrasekhar 2007

  • The Natyasastra: English Translations With Critical Note; Adya Rangacharya 1984

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