江戸川カタック社
北インド古典舞踊カタックを学ぶ教室です。
カタック用語集
ビルジュ・マハラジ「Aṅg kāvya」附録
ビルジュ・マハラジは2002年に「ang kavya - nomenclature for hand movements and feet positions in Kathak - 」という本を出版しています。カタックの手と足のかたちを、名前と簡易的な説明とともに写真で紹介したものです。
「カタックについて」第一部の六節「イギリス支配と独立ー現代カタックの完成ー」に述べたとおり、ビルジュ・マハラジは現代カタックの完成者として絶大な権威を誇りますので、本書はインドにおいてカタック学習者が座右に置く定番の参考書となっています。
巻末には附録として「Repertoire (The standard chronology of presentation)」と「Glossary of commonly used terms」が収められています。前者はカタックの演目を標準的な上演順に示したもの、後者はよく使う基礎術語のリストです。
カタックの全体像を理解するうえで非常に有用、いや必須の知識と思います。というのも、マハラジがこうした形で公にまとめた以上、これが一つの基準となるからです。
それゆえここに紹介するわけですが、原文の記述はきわめて簡略で、直訳では意味が取りにくい箇所もあります。そうした場合には、イタリック体で簡単な註釈を付しました。
それではどうぞ。
大目次
演目(標準的な上演順に従う)
祈禱(Invocation)
祈り。グル(師)、神々、自然(五大要素など)への捧げもの。それはたとえば ヴァンダナ(Vandana)、アラーダナー(Aradhana)、ステューティ(Stuti)、シュローカ(Shloka)、キルタン(Kirtan)、パダ(Pada)などがある。
註:「五大要素」とはパンチャブータ(Pancha Bhuta)という宇宙を構成する五つの要素、すなわち空・風・火・水・地のこと。
ヴィラムビット・ラヤ(Vilambit Laya/विलम्बित लय)
遅いテンポの任意のタールでの振付。16拍による周期の「ティーンタール」がもっとも多い。
ウパジ (Upaji/उपज)
フットワークのちいさな組合せ。あるタール構造のなかで即興でつくられる。
タート(Thaat/थाट)
からだを一定のダンスポーズにたもちながら、眉、目、首、手首、胴上部を極めて繊細にうごかす。
ウターン(Uthaan/उठान)
細かく機敏なリズム構成。サム拍でアクセントをつけて完結する。多くの場合、タート(Thaat)の後に置かれる。
アーマド(Aamad/आमद)
「ター・テイ・タッ(Ta Thei Tat)」という音節だけを用いたリズム構成。ゆったりとした優雅な所作でおこなう。
ここまでの演目は遅いテンポでおこなわれる。ダンスの形式とダンサーのスタイルの範疇で、所作と立姿により、優雅さとしなやかさを披露する。タールはとてもゆっくりとしたテンポから始め、徐々に速くしてゆく。そうして次の中くらいのテンポに移行する。
マッディヤ・ラヤ(Madhya Laya/मध्य लय)
ラヤにはこれが正解という固定されたテンポは存在しない。ダンサーがコントロールすべき相対的な要素である。しかし理論的には、かつ広く知られたことであるが、マッディヤ・ラヤはヴィラムビット・ラヤの2倍のテンポであり、ドゥルッタ・ラヤはマッディヤ・ラヤのさらに2倍のテンポである。
ダンサーは足、体、手の動き、およびタールの制御を失うことなく、これら3つのテンポをたやすくコントロールできなくてはならない。
トゥクラ/トーラ(Tukra Tora/टुकड़ा तोड़ा)
リズム構成のちいさな連なり。全身(足、手、胴、目など)で表現する。
これはさらに以下のような下位カテゴリに分類することができる。
・ナタワリ(Natwari):クラン(kran)、トゥラム(tram)などの音節をもちいる。
・タタカール(Tatkar):タタカールの音節(タ・テイ・タッ(Ta Thei Tat)、ティグ・ダ・ディグ(tigdha dig)、テイ (Thei)など)のみをもちいる。
・サンギート(Sangeet):トゥンガ(thhung)、ルンガ(lung)、トー(thho)という音節をもちいる。
・パーメル(Parmelu):いくつかの種類の音節をもちいる。また自然音をまねた音節をもちいる、たとえば クックー(kukku)、ジジ(jhi jhi)、ジャナカ(jhanak)、タラー(thharra)。
ティハイ(Tihai/तिहाई)
3回繰り返されるリズムの連なり或いはパターン。多くのばあい足で刻まれる。
ドゥルッタ・ラヤ(Druta Laya/द्रुत लय)
速いテンポでおこなわれる構成群。
ガット・ニカス(Gat Nikas/गत निकास)
もっとも高貴で優雅な演目である。意味のある、または抽象的なダンスポーズをたもちながら、優美な歩行、足運びをみせる。代表的なものは以下のとおり。
・スィディ(Sidhi/simple):シンプル、基本的な
・バンスリ(Bansuri/flute):竹笛
・ルクサーン(Rukhasaan/cheek):頬
・グーンガット(Ghunghat/veil):ヴェイル
・アーンチャル(Aanchal/the saree end):サリーの端
・チャプカ(Chhapka/a hair adornment):髪飾り
・マユール(Mayur/peacock):クジャク
・アーリンガン(Aalingan/embrace):抱擁
註:「ガット」は「歩き方、身のこなし」を意味し、「ニカス」は「表に出ること、現れること」を意味する。カタックでは、物語的または抽象的な動きが静かに姿を現し、優雅に進行していく様子を表現する。
ガット・バーヴァ(Gat Bhava/गत भाव)
ガット・ニカスの拡張。身振りと表情の言語によって物語が演じられる(言葉を使わずに)。
一般的なものを以下に挙げる。
・パンガット(Panghat):井戸から水をくむ
・チェダー(Chheda):からかい、おふざけ
・マーカン・チョーリ(Makhan Chori):バターを盗む
・ホーリー(Holi):カラーフェスティバル
・カーリヤー・ダマン(Kaliya Daman):クリシュナが毒蛇カーリヤーを退治する
・ゴーヴァルダン・リーラー(Goverdhan Leela):クリシュナが山を持ち上げる
パラン(Paran/परन)
パカワジの音節(ボル)のみによって構成されたリズムの連なり。力強さと精妙さとともに演じられる。
註:パカワジは伝統的な両面太鼓の名前。タブラより胴が大きく、低く、雄々しい音が出る。
フットワーク(Footwork)
足踏みによって、リズムの連なりの長いパターンが連続的に構築される。たとえば、
・タタカール(Tatkar)
・ラディ(Lari)
・ラヤバーント(Layabaant)
・チャラン(Chalan)
・ジュガルバンディ(Jugalbandi)
註:タタカールは最も基本的な足踏み。ラディは「鎖」という意味で流れるようなリズムの連なりが特徴。ラヤバーントはラヤ+バーントで、バーントは「分割」という意味で、速さや拍の変化で緩急をつける。チャランは「動く、行く」という意味で、移動に特徴がある。ジュガルバンディはダンサーとタブラ奏者がおこなう、リズムの即興的な掛け合い。
以下のような特別な演目もまた合間に織り込まれる。
タラーナ(Tarana/तराना)
特定のラーガに基づく楽曲形式。デレナ、タノメ、ディラ ディラ ディム(derena, tanome, dira dira dim)などの音節を用いる。
註:ラーガとはある音階にもとづく旋律の型を意味する音楽概念。
トゥムリ(Thumri/ठुमरी)
詩的な楽曲形式。特に愛、たわむれ、あこがれ、美を主題とする。アビナヤ の要素が強い。
バジャン(Bhajan/भजन)
神格を讃える専心的な表現によって服従・恭順をしめす。
ガザル(Gazal/गज़ल)
ウルドゥー語詩の歌唱。官能、情熱、または服従などの感覚を表現する。
カヴィッタ(Kavitta/कवित्त)
詩の朗誦とともになされる、より叙事的または劇的な表現。
チャトゥランガ(Chaturag/चतुरंग)
四つの要素をそなえた楽曲形式。四要素はすなわち、叙情詩、音階(サルガム/Salgam)、リズムの連なり、そしてタラーナの音節。
頻用する術語の用語集
マトラ(Matra/मात्रा)
拍。タールの種類を決定する単位。
タール(Tal/ताल)
時間周期。複数のマトラ構成が循環し、これによって時間を測る。
サム(Sum/सम)
タールの1拍目のこと。多くの場合、アクセントをつける。
ターリー(Tali/ताली)
手拍子(アクセント)。
カーリー(Khali/खाली)
抜き拍、空のビート(逆アクセント)。
ボル(Bol/बोल)
音節。
テカ(Theka/ठेका)
打楽器が奏でる任意のタールにおける、音節群によるリズムの組み合わせ。
ナグマ、レヘラ(Nagma, Lahra/नग़्मा, लहरा)
タールのリズム構造をささえるメロディーフレーズ。
ガティ(Gati/गति)
スピード、速さ。
ラヤ(Laya/लय)
テンポ(二つのストロークの間隔により決まる)。三つのレベルがある。すなわち、
・ヴィラムビット=ゆっくり
・マッディヤ=中くらい
・ドゥルッタ=速い
チャンダ(Chhand/छन्द)
対称的かつ恒常的なリズム。韻律。
ギンティ(Ginti/गिनती)
カウント(数にかかわるパターン)。
ベーダム(Bedam/बेदम)
リズム構造のなかで、休符・空拍がないこと。
アディ(Adi/आड़ी)
傾斜、歪めること(4×4のパターンを3拍単位のユニットに変換すること)。
註:ポリリズムのようなもの。16拍のティーンタール(4×4)内に、3拍を1ユニットとするリズム構造を挿入すると、拍とユニットの頭がずれて進行する。4と3の最小公倍数は12なので、12拍ごとに拍とユニットの頭が揃う。
クワディ(Kuwadi/कुवाड़ी)
3×3のパターンを3×2のパターンに変換すること。
註:アディと同じ。3×3の6拍子と3×2の5拍子を同時に進行させると、6と5の最小公倍数の30拍で頭が揃うことになる。これをダンサーと奏者が分担しておこなえば、異なるリズムパターンが重なりあい、不思議な感覚が生まれる。
ジャティ(Jati/जाति)
テンポを数える際の、マトラ(拍)の数に対するボル(音節)の構成のこと。
主要な5種を以下にあげる。
・チャトゥシュラ(Chatusra):1拍を4音節で数える。
・ティシュラ(Tisra):1拍に3音節で数える。
・カンダ(Khanda):1拍の5音節で数える。
・ミシュラ(Misra):1拍の7音節で数える。
・サンキルナ(Sankirna):1拍の9音節で数える。
註:西洋音楽でいう〇分音符のようなもの。1拍を何分割するかで概念分けしてある。チャトゥシュラは4分割し「タカディミ、タカディミ」と数え、ティシュラは3分割して「タキタ、タキタ」と数えるなど。
ヤティ(Yati/यति)
任意のリズム構成におけるボルによって形成される想像的な図形。
主要な5種を以下にあげる。
・サマ(Samaa):均等なかたち。
・スロートガター(Srotogataa):狭い状態から広い状態へ、ひろがる。
・ピピリカー(Pipilikaa):両端が長く、中間は短い。
・ゴプッチャー(Gopucchaa):テーパー状、先細りのかたち。
・ムリダンガー(Mridangaa):両端が細く、中央が太い。
註:図形をイメージしてみるとよい。時間に従って流れていくリズムのまとまりで区切って順にならべていく。三角になったり、漏斗状になったりする。つまりリズム構造を視覚的にイメージ化した概念。
ラヤカリ(Layakari/लयकारी)
リズム遊び。
註:原文は Rhythmic Interplay 。直訳して「リズムの相互作用」とすると意味がわらかないため「遊び」とした。ラヤはテンポ、カリは「する/行為」という意味。ラヤのなかでさまざまなリズムを即興的に繰り出すイメージ。
チャッカルダール(Chakkardar/चक्करदार)
3回繰り返すこと。
ザラブ、ワザン(Zarab, Wazan/ज़रब, वज़न)
強調、アクセント。
パダント(Parhant/पढ़ंत)
朗誦すること、歌いあげること。
ヌリッタ(Nritta/नृत्त)
非意味的、非解釈的なもの(抽象的)。
ヌリティヤ(Nrittya/नृत्य)
意味的、解釈的なもの(表現的)。
ナーティヤ(Natya/नाट्य)
演劇的、ドラマ的なもの。
アビナヤ(Abhinaya/अभिनय)
出来事や感情を伝えること、その技法。
主要な4種を以下にあげる。
・ヴァーチカ(Vaachika):言葉による表現。
・アンギカ(Aangika):身体による表現。
・アーハーリャ(Aaharya):装飾による表現。
・サートヴィカ(Saatwika):思考・瞑想による表現、それゆえこれは顔にあらわれる。
ムドラ(Mudra/मुद्रा)
様式化された手のかたち。
バーヴァ(Bhava/भाव)
表現すること、またそのように成ること。
ラサ(Rasa/रस)
情感、あるいは味わい。
註:バーヴァとラサは補完的な対概念である。「ナーティヤ・シャーストラ」によれば、演者がバーヴァ(感情の状態)を表現することで、それが観客の内部にラサ(情感の味わい)を喚起する。どちらも感情や精神の状態であるが、バーヴァが霊的な次元に昇華したとき、ラサが生起すると構造づけられている。
パンジャ(Panja/पंजा)
足先。
エディ(Edi/एड़ी)
かかと。
アーダンガト(Ardhaghat/अर्धघात)
足の側部。
ハテリ(Hatheli/हथेली)
てのひら。
ナザル(Nazar/नज़र)
目の動き。視線。
カラス、ガッタ(Kalas, Gatta/कलास, गट्टा)
手首の動き。
ブルクティ(Bhrukuti/भ्रुकुटि)
眉(まゆ)。
カサク(Kasak/कसक)
胴上部のひねり。
マサク(Masak/मसक)
呼吸による胸の動き。
ガーダン・カ・ドーラ(Gardan ka dora/गर्दन का डोरा)
首の繊細な左右の動き。
ミ-ンド(Meend/मींड)
頭上で円を描く動き(空中で線をつなげる)。
パルタ(Palta/पल्टा)
反転。ガット(Gat)で使用、前後にターンする。
チャール(Chal/चाल)
足取り、洗練された歩行。
ローチ、ラチャク(Loach, Lachak/लोच, लचक)
気品、優雅さ。
アンダズ(Andaz/अंदाज़)
身のこなし、姿態。
アダー(Ada/अदा)
スタイル、様式。
チャッカル、フェリー(Chakkar, Pheri/चक्कर, फेरी)
ピルエット、スピン、回転。